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E-mote雑感 ~動く立ち絵演出について~

ビジュアルノベルであるということ」で名指しまでしてしまっているので、まあ一度は感想を述べておかないと嘘だよなあ……ということで、ういんどみる新作『ウィッチズガーデン』の体験版をやってみての感想を。

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まあ大よそはプレイした当時Twitterで述べた以下のポストに集約されているのですが……









もうちょっと詳しく述べてみたいと思います。
(動き方がどうこう、という動きの良し悪しについては語りません)
(後日「立ち絵「しか」動かない」の段を少し書き替えました)
(さらに追記をひっつけました)
(さらにE-mote以外の技術についての補足をひっつけました)
(んでもってE-moteの説明HPが公開されてたので追記しました)





■「立ち絵の差分が超細かい」というのと似たものの印象
(→後日注:どういう技術だったのか実際のところは追記へ)

E-moteをオフにすると分かるんですが、たとえば頷く動作をを表現するときに、頷く前と頷いた後の差分が別々に用意してあるんですよね。だからオフにしてプレイしてみると、やたらカクカクしてるという。
そのことから予想されるのは、細かい差分があらかじめ用意してあって、それを滑らかにつなぐことで「立ち絵の連続変化」が実現されている……んじゃないかということ。少なくとも、それらの差分がE-moteに必要なものであることは確かでしょう。なぜなら、先に「カクカクしてる」と言ったように、実際見てみると奇妙にしか映らないものを、不必要であるのに盛り込む必要がないから。

絵をたくさん用意してそれをつないでいく……これって実はアニメと(たぶん)同じ発想なんですよね。原画(⇔基準になる立ち絵)の間を動画(⇔E-mote)でつなぐことでなめらかに絵が動く……という。

演出自体が豪華な作品だと「スクリプト大変そう」と思ったりするのですが、これに関しては実は原画家さんの労力が心配になってきます。JellyFishのようなアニメする立ち絵や、minoriのように立ち絵の枚数が非常に多くなる作品と同じように。
まあもっとも、差分の用意がどれほど大変なのかはよく分かりません。台鼎は絵を描いたことのない人間ですし、ひょっとするとその差分を用意できるところまでがE-moteというシステムである可能性もありますし。

ただいずれにしても、画期的な新システム!というものが少々泥臭い作業の上に成り立ってるだろうことを想像せざるをえないつくりであることは確かです。FFDみたく。




■立ち絵「しか」動かない

そういう技術なので当然といえば当然なのですが、動くのは立ち絵だけです。背景はもちろん動きませんし、スチル(1枚絵)に描かれたキャラもは動きません。もちろんHシーンでも……。

そのことによって気になるのは、動く絵動かない絵の落差です。特に、背景と立ち絵の不一致さは不気味にすら感じるものがあります(などというと大げさでしょうか)。

たとえば、街の中で会話するシーンがあるのですが、その背景には顔のないモブが書きこまれています。そして彼らは微塵も動かない。しかしその手前では、メインのキャラクターたちが元気に動きまわります。この対比が、「彼女らはその背景のある空間ではなく、背景という書割の手前に表示されているのだ」ということを強く感じさせるのです。

背景が書割である、ということが直ちに悪いというわけではありません。たとえば以前に紹介したインガノックにおける背景はまさに書割的です。また、「書割」という言葉の出所である舞台ではもちろん書割が背景として用いられますが、そのことによって価値が減じてるということはありません。
問題は、作品の目指すモノと、背景が書割的であるということが噛み合っているのかどうかです。感じさせてはいけない不気味さを感じさせてしまっているとしたら失敗でしょうし、逆にそれが狙ったモノだったなら大成功です(全く同じではありませんが、イメージとしてはウテナやピングドラムのような感じで)。また、背景じゃなくて立ち絵を見ろ!という狙いで立ち絵だけを動かすというのならそれもアリでしょう。

ただこの作品については、書割的であることを有意義に用いてないだけでなく、たとえば「バーのカウンターの内側に立ち絵を置く」という演出も同時に行なっているとことによって背景にまで意識がいくようなつくりになっている上に、「静止した人間型立て看板と動くキャラクターが同じ空間に共存している」という不気味な可能性を(実際はやってないにしても)示唆しているものになっています。せめて最低でも、その不気味さは減じる努力をする必要があったのではなかろうか。そう、たとえば背景に人がいなければ、あるいは背景がもっと遠い位置に感じられるものだったなら、また違った感想があったのかもしれません……。
とかく、舞台のように、静止した空間の中で人物を動かすということを自覚し意識した演出を今後考えていく必要があるでしょう。

また、パープルソフトウェアのように背景中の物体を動かしたり、『媚肉の香り』のように空間として背景を構成したり―――つまりキャラクターのいる空間を再現することができれば解決なのかもよく分からないところです。そもそも、実在する空間として作られた街に人がいないのは不自然で、だからといって人を全部動かせるかというとそんなことはありませんし。



また、立ち絵だけが動くことによって、動かないスチルというものの存在価値が問われることになります。
わざわざ動かすということは、少なくともその作品においては「動く絵>動かない絵」という序列が確かに存在してるわけで、であれば、本来「立ち絵+背景」の上位であるスチルという存在が、立ち絵より下の存在になっているのではなかろうか。
スチルを立ち絵で表現しにくいもの(たとえばHシーン)を表現するもの、という風に捉えれば問題はない気もします。しかし体験版で見る限りはそういう捉え方をされているわけでもなく単に印象的なシーンに配置されているだけのようで、たとえば涼乃の初登場シーンが、立ち絵で表現されたとき以上のインパクトをあのスチルによって与えられていたのかというとかなりの疑問です。
この辺りの問題の解決法は、おそらくはminoriが参考に……なるのかなあ。例外すぎて厳しい気も。




■立ち絵を動かすということの意味

スチルもその範疇に入るといえば入るのですが、立ち絵が動いているということによって成されていることを、製作側がよく分かってない気がするところがちらほらありました。特にそれが感じられたのは漫符の多用、テキスト回し、そしてフェイスウインドウです。

立ち絵が動くということは、立ち絵の動きによって表現できることできているがたくさんあるということです。首をかしげたら疑問を感じているだろうし、はにかんだら照れているのかもしれない、とプレイヤーは感じることができます。
それにも関わらず、立ち絵横に「?」の吹き出しを入れたり、テキストで「照れくさく笑った」などと描写されることにどんな意味があるのでしょうか。この作品では結構多用されており、意識せざるを得ませんでした。

また、メッセージウインドウ横のフェイスウインドウの存在理由もよく分かりません。個人的には、フェイスウインドウはテキストと一緒にキャラの表情を見るためのものであると考察しているのですが、しかしこの作品ではテキスト表示と同時に立ち絵の表情が動くわけで。
もちろん製作側としては、プレイヤーが立ち絵に目を向けることを意図しているのでしょう。だったなら、そのフェイスウインドウ――しかも動かない――は、果たして何のために存在するのか。立ち絵が動いてるのは見なくてもいい、テキストに目を向けとけよ、ということなのでしょうか。

まあこの辺りは、動く動かないに関わらずビジュアルノベルの演出の根幹に関わることなのではありますが……。



■「視線」の可能性
知人に言われて自分も同意していることなのですが、今回このシステムが示してくれたのは「視線」の可能性であると思います(彼は「動くのとかは正直どうでもいい」とまで述べていましたw)。

従来の作品であれば、「正面を見ている立ち絵」と「正面を見てない立ち絵」の差分で表すくらいしかなされていなかったことを、「目を正面に向ける」という動きを導入することでかなり強烈に「○○ちゃんがこっちを見てる!」ということを感じさせるものになっています。目パチとか正直あれで何が変わるのだろうかと常々思ってた人間なのですが、目の動きがここまでキャラクターを魅せる要素になりえるとは思っていませんでした。
また、そうでなくとも、立ち絵同士で目配せさせる等、視線に意味を含ませることによって、さらなる演出の可能性が生まれるのではないか、と感じさせられています。

……まあ、このことについては正直眼が動きさえすればいいので、(その知人の言うとおりになってしまいますが)立ち絵が動くとかは割とどうでもよかったりします。
ただ、眼だけを動かすと不自然に見える可能性は大いにあるので、それを防ぐための方法として立ち絵を動かすというのはアリ……いや、ないな。費用対効果的に……。






そんなわけでとにかく誰か、眼だけを動かす演出をやってみるんだ!
(とっくに前例はあるかもしれないけれど)





【後日追記】
せっかくなのでスタッフさんのおすすめ設定でやってみました。

……
……これは!
……テキストを読む気が全く起こらない!

注視するべき画面とテキストウインドウが、はっきりと境界で「別のエリアだよ」と分けられているので、特にヒロインの声が入る会話中、テキストに目がいかない。DSの上画面下画面くらいには別エリアに見えますね(……すいません、DSを持ってないので適当言いました)。
もう主人公に声つけてさ、なるたけ演出で全部表現して、テキストは基本的に見ないような構成(台本片手に劇を見るような感じ)にすればいいんじゃないかな。

やはり萌えゲーにとってテキストは邪魔な存在で、そういう作品たちはビジュアル「ノベル」という形式から逸脱していくのかなあ、という(何度も引き合いに出すのもなんですが)「ビジュアルノベルであるということ」で考えていたことが割とリアルな気がしてしまうと感じてしまったのでした。



【補足、既存の技術について】
「動く立ち絵」でググると割と上位に来ることに気付いたので、E-mote以外の技術についても軽い紹介を。
美少女ゲームに多少詳しい方ならご存知だとは思いますが、E-mote以前にも3DCGやアニメを使用せず(というと語弊がありそうですが、エロゲ的立ち絵を元にしてという程度の意味で)に立ち絵を動かす技術というのは存在します。
例としては

・モーションポートレート
 『ときめきメモリアル4
 『WHITE ALBUM -綴られる冬の想い出-』(WAのPS3版)
・Live2D
 『俺の妹がこんなに可愛いわけがない ポータブル
 『妹選抜☆総選挙

などが思いつきます(ほかに「こんなのあるよ!」というのがありましたら教えていただけるとうれしいです)。主にコンシューマ展開の、ビジュアルノベル以外の技術力があるところを中心に採用されてる感がありますね。

これら二つの技術に共通するのは、2次絵を立体的なCGへと変換することで3DCGと同じように動かすことができる、ということです。
一方E-moteは、上述のように(メーカー側から説明されているわけではありませんが)アニメ的な発想で作られてると思しく、その辺が既存技術との大きな違いなのじゃないかと思います。

そういう意味で「アニメ的発想」という部分に最初に言及したのですが、ちゃんと書いておくべきでいたね、反省。


【追記:結局のところ】
E-moteの公式HPが出来ていたので説明をよみよみ。これも3D的発想ではあるようです。

立体的に動かせるテンプレートがある(or作る)
→そこに絵をくっつける(人形の表面にシールを貼るイメージ?)
→絵がテンプレートと一緒に動く

という感じでしょうか。テンプレートの自由度や絵のひっつけ方次第では色んなことがやれますね。既存技術と比しても二次絵らしさが残るという点ではかなり秀逸。

しかし、すると立ち絵(とフェイスウインドウ)のあのカクカク具合は一体……という謎が残らないでも。単に演出ミス?
サンプルムービーだと姿勢変更のデモがないのでその辺どうなってるのかよくわかりませんが、しかし(指摘したような)首を振るくらいの動作については差分を新たに用意する必要はなさげ。
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ユリイス名義(レビュー、エッセー風味) | 【2012-11-22(Thu) 01:41:27】 | Comments(-) | [編集]

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