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『さくっとパンダ』紹介

【テンプレ】
「ユリイス名義」は、台鼎がオフラインで寄稿した文章の再掲や、常体でドヤ顔レビューしたいときに使う用のカテゴリです。
ドヤ顔で語ってますが情報にほぼソースや例がありません。脳内設定の恐れすら。
また、オタク全般に関する批評・レビューを専門にした本向けの原稿なので、エロゲレビューらしからぬ表現があったりします。

数年ほど前の原稿も含まれるので、色々変なことを言ってる可能性はありますがご了承ください。

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 同人ゲームサークル、禁飼育。フリーノベル『キナナキノ森』などが同人ゲーム界隈で評価されるこのサークルだが、二〇一〇年夏、デビュー作『さくっとパンダ』(さくパン)を初めとして、過去作品がいくつか公開中止となった。
 このサークルの初期作品は今見ると確かに見苦しい点も多いので、黒歴史として封印されたということなのだろう。しかし禁飼育作品を語る上で、特に『さくパン』は欠かすことのできないものであり、これから先語られなくなるというのはファンとしては残念なことである。そこで一つ、いくら語っても布教にはなりえないことを知りつつも、この場を借りてレビューと称した紹介をしてみたいと思う。



 『さくパン』は、二〇〇五年から二〇〇七年にかけて「苦痛」「妄想断末魔」「妄想交響曲」「鬼蛇」の計四編が連載されたフリーノベルゲームである。
 この作品をのあらすじおおざっぱに総括すれば、「乙女ゲーと思ったらケータイ小説……と思ったら少年バトル漫画だった」となるだろうか。さえなくていじめられてばかりの女子高生・小倉こたつが復讐のため母親の旧友である九龍という格闘家(クール系イケメン)の元で修行を積むことになる……という冒頭は乙女ゲーとして見てもかなりオタク的なデフォルメの入ったもの。さらにここから展開される、陰惨ないじめをはじめとして殺人やレイプなどといった悲劇的な事件が脈絡もなく矢継ぎ早に繰り出されるストーリーは、いかにもケータイ小説を連想させる。そして最終的にこの作品は、「格闘家」という設定によるバトル展開となり、かつて愛し合い裏切り裏切られた者同士による因縁に決着がつけられる燃えゲーへと着地する。

 これらの「超展開」が緻密な設計の下に生まれたものであるなら素直にこれは超大作であったと認められようものだが、実際にプレイしてみると伏線も何もない後付設定に溢れたものだということがよく分かる。しかしそれでも、この作品には安直な超展開ゲーに止まらない何かが存在するのだ。それは恐らく、創作のエネルギー、のようなものなのだろう。
 オタク的で意気地がないという設定の主人公・こたつの描写には、シナリオ担当である画用紙(当時は紙名義)本人が投影されたものであると思わせる節が多い。たとえば、イジメに対する心情は稚拙な表現ながらもかなり率直で痛切なものであり、なまじ丁寧に描かれるよりも妙に生々しさを感じさせる。付け加えると、禁飼育の作品にはイジメや誹謗中傷を展開に組み込むに止まらずテーマにすえたものが多く、画用紙氏自身にとっての問題意識の大きさをうかがわせる。ほかにもヤンキー系の同級生に対する露なまでの嫌悪の感情の吐露などは、かつての鬱積を晴らしているかのようだ。
 そんな彼女の一人称で描かれる世界は相当に空想的でありながらある種のリアリティを感じさせるものであり、色々な意味で痛々しい。不甲斐ない自分に嫌悪しつつ、白馬の王子様を空想し、現れた優男にうつつを抜かしながらも、結局は体よく利用されて捨てられることになる……。二転三転する物語は、そんな絶望と願望と諦観がないまぜになった作者の生の価値観を丸々写してきたかのようだ。なまじ願望の形がオタク……つまり同人ゲームをプレイする層に親和性のあるものであるだけに平和な日常部分にプレイヤーが浸ることは容易で、その分そこから絶望に叩き落される鬱展開は、非現実的でありながらも強い共感あるいは拒否反応を引き起こすほどにプレイヤーに訴えかけてくるものがある。

 自分を切り売りして創作をするというのは、存外苦しいものだ。場面場面を、実際に喜びながら、あるときは苦しみ悲しみながら、生きた感情に振り回されながら描かなければならないのだから。そして、作品が否定されることが即ち自分自身を否定されることになるのだから。実際に作者のコメントによると、否定的な意見も相当に寄せられたようで、完成させるまでの苦難を想像させる。
 同人ゲーム制作、それも利益ゼロのフリーゲームの制作なんて所詮は趣味なのであるから、辛いなら作らなければよいのだ。実際、同人ゲーム界には制作中止となった未完の名作たちが山ほどある。しかしそれでも、この作品は二年の長きを経て完成を見た。完成させることへの意地と作品を通して何かを伝えたいという熱意によって完結したこの物語は、ご都合主義の固まりでありながら――だからこそともいえるかもしれないが――「苦しくても悲しくても、たとえ見苦しくてももがいてあがいて、人は前を向いて歩いていくのだ」と有無を言わせない説得力と異常なまでのカタルシスを伴って伝えてくれる。
 見た目には不恰好であるこの作品。展開だけでなく、グラフィクなども決して上手いとはいえず、名作には程遠い出来である。けれどもこの作品は確かに、創作者のエネルギーを感じさせる魂の作品であった。



 同人ゲームは、素人の手で作られた不器用で不恰好なものがほとんどだ。しかしその一方、商業作品を凌駕するエネルギーを持った作品がたくさんある。この『さくパン』はもう正規の方法ではプレイすることはできないが、同じようにエネルギーに溢れた作品のうちの何か一つを手にとってみれば、きっとその不器用な熱意に感銘を受けるに違いない。

(初出:2011年4月)
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ユリイス名義(レビュー、エッセー風味) | 【2012-04-09(Mon) 18:14:03】 | Comments(-) | [編集]

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